ホテルの従業員のことpiyo_i_013_02.gif

「アナタ、オンナイルカ」と声がかかった。
「ええ、妻が一人・・」と私。
「オンナ、スキカ。オンナ、イッパイイル」
 

 ここで、やっと彼のたどたどしい日本語の意味が分かってきた。もし、
女性が入り用なら、「世話」をするということである。いきなり、エレヴェ-タ-ボ-イが、にこにこして聞いてきたのだ。一日中、地図を見ながら歩き回り、疲れ果ててホテルのロビ−へ着いた時のことである。私は急に腹が立ってきた。日本人の「男」だから言っているのか、誰にでも言っているのか分からないが、ある意味で大変な侮辱である。まわりの客は、中国人やフランス人の団体や日本の若い女性グル−プだったりするから、彼らにはきっとこんなことは言わないのだろう。そこでただ「ノーサンキュー」と言えば済んでいたのだが、ムカッと来ていたのでつい言ってしまった。

 
「あのねえ、わたしにはおくさんがいます。おくさんをあいしているから、そんなことにきょうみはないの。わかりますか。おんながいらないにほんのおとこもいるんだよ。」とゆっくり言った。本当はそういう言い方は誤解を招きやすいのだが、人権とか男女平等とか尊厳とかいった複雑な説明は分かるまいと思い、そう言った。しかし、彼は、それすらあまり理解できないようだった。そこで、同じ意味の英語で繰り返した。そして、"You should remember that!”と、語調を強めて付け加えた。そうしていたら、奥にいた責任者らしい男が近づいてきて、タイ語で彼に何か言っている。どうやら、彼に注意しているらしい。なんだかバツの悪そうな顔をしている。これでは、ホテルの格が落ちるというものである。
 
 「鶏か卵か、魚か水」かは知らないけれど、「需要」がなければ、こんな話はでてこないはずだ。ずいぶん前の話だが、東南アジアの数カ国で、
日本人の男による「買春」ツア−が問題になり、マスコミにも大きく扱われたことがあった。「まだこんなことやっているのか!」という気持ちである。いくら経済が発展し、アジアでは兄貴風を吹かしていても、こんなことや戦争中の行為によって、心の中では軽蔑されているのであろう。私は、シンガポ−ルやオ−ストラリアで、中国系の人から片言の日本語で侮辱されたことがあった。ただそばを歩いていただけなのであるが・・。そのとき、彼らにそうさせたのは、日本人自身なのだろうと思った。

Specimen タイ・20バーツ札(図柄は国王)
 
 次は、
タクシ−取り次ぎ係?のことである。初日から通る度に、玄関のドア−を開けてくれるボ−イ風の男がいた。愛想はいいし、いつもにこにこして何かと声をかけてくる。そしていろいろ教えてくれたりする。次の朝、出かけて行く私を遮って、「タクシ−イルカ、タクシ−ハヤイ」などとしつこく勧めてくる。”How much to Wat Phrakaew?”プラケウ寺院までいくら?と聞く と、「300バ-ツ」と答える。バスは3.5バ-ツである。相当吹っかけている。高いというと、「いくらならいい?」としつこく訊く。結局、「バスで行くからいらない」と振り切って出て行った。次の日からは、愛想もドア開けも全部なくなったどころか、完全に無視されてしまった。
 
 考えてみると、彼は客をタクシ−に紹介して、その口銭を収入の一部にしているのかもしれない。日本では最近お手伝いさんや使用人は、余程の金持ちでないと使っていない。しかし、アジアやアフリカの多くの国では、中流の家でも何人かの使用人を使っている。いや使わなければいけない。それは
仕事のチャンスを与え、富を再配分する事なのである。金を持っている人は、あまり持っていない人に働いてもらって、金を与えるのである。インドなどでは豊かな人でなくても、外国人は何人も使用人を雇う義務があると、インドに住んでいた人から聞いた。
 
 なんでも、
日本人は、アジアでは「金持ち」ということになっているらしい。カメラやヴィデオで撮りまくるし、身なりはよいし、人前でも札束を数えるし、金遣いは荒い。観光にくると、一日で彼らの一ヶ月分の収入相当をぱっと使う。当然、日本人にたかろうとする人が現れ、さらに悪い人は日本人から取ろうとする。そうしてみると、Gパンにリュックをかつぎ、運動靴姿でチップもくれず、タクシ−にも乗らず、地元の人と同じ「汚い」バスにしか乗らない。彼らにとっては、私なんぞは日本人のくせにとても悪い客であり、愛想もしたくないのだろう。「金持ちでケチ」は世界中で嫌われる。

 さてこのホテル、「日本人が多いホテル」と本に紹介されているだけあって、
日本食レストランがある。入ってみると、だらしなく着物を着た女の子が二人、出てきてぎこちなく接待してくれる。話してみると、日本語は片言程度しかしゃべれない。一人の方は、なんとか英語で意志疎通ができた。聞いてみると、田舎から都会にあこがれて出てきた娘たちであった。ここは板前も入れて従業員全員が、タイ人らしい。「でも、先生は日本人なのよ」と自慢そうに言う。「なぜ日本レストランなの?」と訊くと、「給料がいいから」と言う。
彼女の言う給料の良い順に並べてみると、

 1 日本食レストラン 
 2 マクドナルド、ケンタッキ−などの外資系企業
 3 地元のタイ資本ス−パ−、商店
 4 出身地の田舎の店屋 
 5 田舎の家業の農業

・・・ということになるらしい。彼女たちは都会の生活にあこがれて、この市に来たのだという。なぜか、
「日本人は好き」となんども言う。
 
 「ところで、タイの若い労働者の収入はいくらくらい?」と聞くと、「差が大きいから分からない」と言っていたが、結局若者の平均で、日本円にして15000円くらいということになった。やはり実感として、高級な工業製品は別として、食料を含めた生活必需品の価格は、日本の十分の一くらいの感じであった。そうしてみれば、「日本で稼いで、タイで使う」のは大変「お金が生きる」ことになるわけだ。

  
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