バンコクという街

 
関西国際空港を飛び立ったSQ(シンガポ−ル)機は、およそ6時間でバンコク・ドンムアン国際空港に何事もなく到着した。空港から向こうに広がる街の風景は、「先進国」のそれと大して変わらないが、機内から空港ビルへわたると、ム−ッとした空気が体を包む。湿度も高い。日本は冬だというのに、同じ北半球のこの国は日本の夏と同じだ。それでも「冬は過ごしやすい」と観光書は言う。おきまりの入国、通関審査をすませると、日本円とタイ・バ−ツを両替した。ここ数年のタイ経済の凋落を反映してか、1バ−ツはおよそ2.9円と安めであった。

 空港の建物から一歩出ると、「蒸し暑い、臭い、埃っぽい」の三拍子であった。臭いというのは、排気ガスのにおいである。どうやらこの街は、排気ガス対策や交通量に問題があるらしい。交通整理をしている白バイ警官の薄汚れたマスクをしている姿が奇異である。メキシコシティをはじめ、世界の「中進国」はどこでも排気ガス問題で悩んでいる。この国もその例にもれないのか。
 
 まわりの現地の人に聞いて、何とか町中へ行くエアポ−トバスに乗り込んだ。道路沿いは椰子やバナナの街路樹があり、いかにも南国らしい。一時間弱乗って、かねてから予定のマッカサン駅横で下車した。しかしこのマッカサン駅なるもの、首都の中にある駅としては、想像外の代物であった。小さな古い建物で列車の姿は全くなく、線路は錆びて、その上で子どもが遊んでいたり犬が歩いていたりする。

 駅前の小さな広場には、野菜を積んだリヤカ−や焼き鳥の串焼きの露店があったり、暇そうな単車のおニイちゃんがボ−ッと座っていたりする。あとで分かったのだが、これはタクシー代わりの安価な「モトサイ」と呼ばれる単車タクシーなのであった。「モトサイ」とは、モーターサイクルの短縮形であろう。この辺りの雰囲気は何か筆者の子供時代を思い起こさせる。日本の何十年か前の感じである。それにもかかわらず、まわりは高速道路の高架や高層ビルがあり、車や単車ががひっきりなしに通って行く。このアンバランスが、実におもしろい。
 
 汗を出しながら歩道を歩いて行くと、あることに気がついた。犬が異常に多いのである。それも首輪もなく繋いでもいない。それが歩道のうえに長々と寝そべりハアハアと舌を出している。10mおきにそんなのがいる。実は後の話になるが、私は帰国直前に犬に噛まれ大慌てするのだが・・・。Gパンに長袖シャツ、リュックサックの中年男が、それらを避けながらヨタヨタ歩く姿は、他所から見ていて滑稽に違いない。

道沿いに延々と並ぶ露天屋台
 
 それにしても、歩道上にはなんと食い物の露店の多いことか。パラソルや机、いすが広げてあって、麺や丸ごとの鶏がお構いなしにドーンとおいてある。私は「店の中」を通りながら「店主」や客に軽く会釈をして進む。こうしてタクシー代を節約した私は、生活感あふれるこの都会を、汗まみれ埃まみれで小一時間してやっとホテルに辿り着いたのである。


   
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