6 パリの女性大量誘拐事件 (フランス)


    
Photo: 凱旋門 サイトより転載
 
 わたしは最初この話を聞いたときは、「フィクション」だと思った。「あまりにもよくできている話」なのである。しかし、それは「面白い」という意味ではない。しかしこの話は、現役の外交関係の方から聞いたもので、信憑性は高い。舞台はパリである。

 パリは政治・芸術文化だけでなく、主要な観光地としても世界中に知られている。毎日世界中から、観光客が押し寄せてくる。それらの人たちは当然、ルーブル美術館、ベルサイユ宮殿、凱旋門、エッフェル塔など数あるスポットに行くのであるが、またファッション関係の店にも足を伸ばすことが多い。

 ここに出てくるのは、ある若手の日本の外交公館勤務の夫とその妻である。仮にBさんとしよう。休日なので、Bさん夫婦は奥さんの服を買うために、女性専門の洋服店(オートクチュール)に入った。こういう場合、ふつう男性は身の置き場に困ってしまうことが多い。だいたい店内はほとんど女性客だし、かといってじろじろ見るわけにもいかず、さらに女性は何着も選んで、時間をかけて迷いながら試着をすることが多い。普通の男性ならこれには参ってしまって、店の外に出たり入ったりすることさえある。Bさんの奥さんもいろいろ迷っていたので、数着を持って奥の試着室にずっと入っていた。Bさんも普通の男性と同様に、店の中を歩き回ったり、外の道路の様子を見て、忍耐強く待っていた。

 しかし、10分経ち20分経っても奥さんは出てこなかった。「いつもならもっと早く決めるのにと・・。」と思いながら、Bさんは女店員に「私の妻に早く出てくるように言ってください。」と頼んだ。その店員は奥の試着室に行って、帰ってきてこう言った。「そういうお客様はいらっしゃいません。」 Bさんは店員といっしょに試着室に小走りに行ったが、どの「小部屋」も人はおらず、また服も残ってはいなかった。しばらくは辺りを探したがどうにもならず、「まさか」とは思ったが、一応ホテルに電話してみた。やはりいなかった。
 
 途方に暮れて、パリの日本大使館に連絡した。そこから警察に「失踪届」がでて、警察が動き始めた。しかし日が変わっても、何にも進展はなかった。どんどん時間が経っていった。ちょうど同じ頃、別の「失踪事件」があった。これもアメリカの外交官の夫人が「行方不明」になっていた。別の店だが、これも似たような状況であった。さらに時間が経ったが、まるで進展はなかったし、何の手がかりもなかった。

 ところがあることから、事態が動いた。それはアメリカ政府とアメリカ大使館が本気で動きだし、フランス政府やパリ警察に強硬に捜査の拡大を要求したからだった。これでパリ警察が本気になって捜し始めたという。警察の必死の活動により、組織がいるらしい場所を突き止め、警官の大量動員をして「現場」に踏み込んだ。現場とは、セーヌ川に停泊中の外国籍の貨物船だった。警官が船倉に降りてゆくと、10人以上の女性が下着姿で閉じこめられていた。Bさんの奥さんもいた。
 
 調べてみると、「失踪届」の出ていた女性もかなりいたという。下着姿だったのは、逃亡を防止するためだったという。普通の女性は、裸にすると逃げないというのだ。羞恥心のためだろうか。行き先は中近東の港。そこからまた近隣の国に売り飛ばす手はずだったという。客は「アラブの金持ち」。そして売られるときには、目を潰されるという。逃亡を防ぐためである。目を潰すと絶対に逃げないという。現在もそういう女性が、彼の地にたくさんいるという。

 話してくださった方は、最後にこう言われた。「日本大使館がいくら言っても、警察は余り動いてはくれなかった。アメリカ大使館が強硬に言うと、彼らはすぐ動き、問題が解決した。国力、影響力の差を感じる。」と。この話は、たとえ「有名オートクチュール」であっても、油断はできないと言う話である。