アルジェ日本人学校の想い出
Memories of the Japanese School in Algiers, Algeria
在アルジェリア日本國大使館附属日本人学校
L'ecole Japonaise d'Alger
69 Chemin Fernane Hanafi, Hussein-Day, Alger, Algerie

The private-website of the Japanese school of the Embassy of Japan in Algiers, Algeria




中庭から見た学舎 下階左端が職員室、中央が校長室、その右がトイレ、その右が現地職員控え室、右端が校舎入り口 (筆者写)
Photos:(C)1983-1986,2002,2005 All Rights Reserved by Kenji Kakehi June 26, 2016


<1983・4〜1986・3>

 
あるじぇにほんじんがっこう



門側から見た学舎 下の中庭には鉄棒遊具があった ここからスクールバスが発着した (筆者写)



校門の校名は日本国内では見られない日・アラビア・仏の三カ国語併記 (筆者写)



校舎と学校遊具・鉄棒 砂場も中央にあった 塀外はゴミ捨て場を兼ねた空き地だった やや臭う場所だった
(筆者写)




校門(右上)とスクールバス乗降場所 バスに乗る短い時間にも寸暇を惜しんで友と遊んだ (筆者写)



校舎と中庭(校庭) 狭かったが、自宅外には出られない子どもたちには
遊び時間、体が動かせる数少ない場所だった (筆者写)



校舎から見える風景 丘上のモスクのミナレットからはいつも
「アッラーハアキベル・・」で始まるアッザーンが聞こえていた (筆者写)


在アルジェリア日本人会念願の日本人学校が開校する


 
在アルジェリア日本國特命全権大使・宮崎閣下による開校式
 1977年(S52)4月

「遠い海を越えて」より転載



歴代校長

幼稚園歌


学校付近の地図
(Google)



実際に掛かっていた
  校舎入り口の表札





「遠い海を越えて」より転載



なつかしのスクールバス(日本財団寄贈・トヨタ製)青空号と若竹号 スクールバスと屈託のない幼稚園児たち(猪田校長と幼稚部の岡嶋先生) (筆者写)



スクールバスと猪田校長 バスは「ラマダーン」や生徒の欠席などで時刻表やコースが日々めまぐるしく変わった (筆者写)



若竹号と見送る教師(故楠本先生と佐藤先生) スクールバスに乗って全児童・生徒が一斉下校する (筆者写)



青空号と見送る教師(福留先生・佐藤先生) 下校時は原則として全教師が総出で見送ることになっていた (筆者写)



ミモザ号と見送る教師 以前には「サハラ号」という小型のフランス車もあった (サハラ号は後に廃車)
各バス名は校歌の中の言葉から筆者(1984年度バス担当係)が命名した(筆者写) 

思い出の学校行事



国際理解学習 (カスバ)1983 異文化理解の代表であった 左からマスコ先生、石口先生、写真を撮る吉岡先生 (筆者写)



学習発表会(小3)1985 保護者はこれを楽しみにしていた (筆者写)



学習発表会 1984 発表する小4生 日本と違って一学年数名なので和気藹々とした雰囲気の少人数教育が行われた
写真中左は待機する三年生
(筆者写)



学習発表会・合唱(小中)1984 小学生から中学生までが一緒に合唱することは国内では僻地の学校以外にあまり見られない (筆者写)



児童生徒会選挙 1985 上級学年はほぼ全員が立候補、みんなまじめに取り組んだ (筆者写)



秋の遠足 アルジェ郊外の通称「クレオパトラの娘の墓」見学 1983 二千年前の遺跡の学校での見学は日本ではできない体験であった (筆者写)



夏の海水浴(地中海)1985 ここでは日頃あまり家から外に出られないので子どもたちは大喜びだった (筆者写)



珍しかった飛行機に乗ってのガルダイアへの修学旅行(小5,6 中学部) 1984 (AIR ALGERIE/BOEING727) (引率の白井先生写す)



アメリカンスクール(インターナショナルスクール)との交流学習 対面式とあいさつ (アメリカ大使館内のスクール構内で) 1985 (筆者写) 



秋の大運動会 (SNSグラウンド)1984 借り物の運動場だがこの時ばかりは思い切り走ることができた (筆者写)



秋の大運動会 (SNSグラウンド) 1985 保護者もほぼ全員参加した (筆者写)



秋の大運動会 (SNSグラウンド) 1985 休憩時間にくつろぐ校長夫人、児童、保護者のみなさん (筆者写)



参観日 親子の合唱 (筆者写)



入学式 1984 大使館から公使や領事、学校運営委員長、日本人会会長などが出席された (筆者写)



サハラ砂漠の国・アルジェリアにも雪がふる!!雪のシュレア山に一日遠足 1984 生徒は大はしゃぎ!(筆者写)
「遠い海を越えて」より転載



国際理解学習 バングラディッシュ大使館員・ジャラル氏が日本語で話す 1983 (ジャラル氏は京都大学留学) (筆者写)
「遠い海を越えて」より転載



幼稚園 卒園式 1984春 (筆者写) 「遠い海を越えて」より転載



猪田校長による定期的なラジオ体操の時間 1983 (筆者写) 「遠い海を越えて」より転載



三年の任期を終えての離任式 左から猪田校長・福留教頭・筆者 1986/3





1983年度教職員
「海外子女教育・アルジェ日本人学校特集号・1983/11」より転載



1985年度教職員
故楠元先生(前列左端)のご冥福をお祈りいたします



1988年度教職員と現地職員四名(上右)M Touati M Chekir M Saidani M Annane
「遠い海を越えて」より転載





アルジェ市内の教員と日本人学校教員の交流会 1985 於:日本人学校 (筆者写)





教職員旅行 ジャミラ・ローマ遺跡 1983





年一度の「日本人会バザー」も学校で催され、「日航名人会」も開かれた バザーは娯楽の少ない当地のみんなの楽しみだった (筆者写)



(付録)「海外子女教育」の特集になったアルジェ日本人学校 1983.11



「海外子女教育」1983/11月号「アルジェ日本人学校」特集
海外子女教育財団発行 写真はホテル・オラッシー屋上より撮影(筆者写)




アルジェ日本人学校」が地球上から消滅!
在外教育施設の認定取り消しおよび指定解除
(文部科学省告示第57号、2002年3月29日付)

 文部科学省は、在外教育施設の認定等に関する規程(平成3年文部省告示第114号)第20条の規定に基づき、小学校および中学校の課程と同等の課程を有するものとして認定した在外教育施設のうち休校中であった以下9校の認定取り消し(文部科学省告示第56号)、ならびに中学校の課程に相当する課程を有するものとして指定した在外教育施設のうち休校中であった以下13校の指定解除(文部科学省告示第57号)を、3月29日付で行った。 これにより2002年4月1日現在、日本人学校数は96校から83校となった。

 <認定取り消し・指定解除>
    
    カルカタ日本人学校(インド)
    メダン日本人学校(インドネシア)
    ヴィトリア日本人学校(ブラジル)
    ベレーン日本人学校(ブラジル)
    ベロ・オリゾンテ日本人学校(ブラジル)
    ラス・パルマス日本人学校(スペイン)
    ベオグラード日本人学校(ユーゴスラビア)
    ドーハ日本人学校(カタール)

    アルジェ日本人学校(アルジェリア)


 <指定解除>
    
    ベイルート日本人学校(レバノン)
    ラゴス日本人学校(ナイジェリア)
    クウエイト日本人学校(クウェート)
    バグダッド日本人学校(イラク)
   


               
※( )内は所在国名


<月刊「海外子女教育」5月号>海外子女教育ニュースより

 
 
旧アルジェ日本人学校は上記の様に<文部科学省告示第57号、2002年3月29日付>で消滅しました。学校は1977年4月に開校して以来、多くの卒業者、在籍者を出しました。残念ながら、アルジェリア国内の事情から1993年に休校するまで16年にわたって存続しました。これも初代校長市原和夫氏以来、大使館をはじめ学校運営委員会、日本人会の絶大な支援の賜でした。

 あの校舎も狭い中庭も、薄暗い「集会所兼体育館」も二度と帰ってはきません。しかし、私たちの「思い出」や「青春」は、確かにそこにあったのです。朝早くから同じスクールバスに乗り、厳しい環境の中で励まし合った生活は、いつまでも私たちの脳裏にあります。物や形は消えても、記憶は永遠に残ります。「アルジェ日本人学校」は心の中で永遠に不滅です。

 現地からの便りによると、事態はすこしずつですが、平静に向かっているようです。アルジェリアに「本当に平和」が蘇り、彼の地を安全に再訪でき、アルジェリアの友人たちと会える日が、早く来て欲しいと思います。終わりになりましたが、関係の皆様のますますのご健康とご活躍をお祈りいたします。




参考・引用・転載した図書


「遠い海を越えて」-アルジェ日本人学校12年のあゆみ

(H9.9.1発行 当時在籍した各人に配布)



<リンク集>


現在の「日本人学校」の姿
(2002.7撮影)
最近のアルジェの様子
(2002現在)
在アルジェリア日本国大使館

私たちが住んだアルジェリアの写真




<内部リンク集>
 想いでのアルバム
 アルジェリア関係リンク  アルジェリア情報リンク集  アルジェリア・イスラム・アラブ情報箱



関係サイトのご紹介:日本-アルジェリアのかけはし
 
日本・アルジェリアセンター
「望郷」、そして忘れられない人々



 在アルジェリア日本国大使館
L'Ambassade du Japon, Alger


L'Ambassade du Japon, Alger (The Embassy of Japan in Algiers)
1 Chemin Al Bakri Ben−Aknoun,Alger (1 Chemin Macklay, El Biar, Alger)
 TEL:213-2-912004 FAX:213-2-912046

 アルジェリアは地中海を挟んでフランスの南側、モロッコとテュニジアの間に位置する北アフリカのマグレブ(アラビア語で日の没する所)諸国の一つです。古くはローマ帝国の支配下にあり、トルコそしてフランスによる統治を経て1962年に独立、その後イスラム教国として国づくりを進めているアルジェリアは、多様性に富んだ地中海の国といえるでしょう。
 アルジェリアの首都アルジェは、ユネスコの世界遺産に指定されたカスバのある港街で、マルセイユを夜出航してフェリーが翌朝アルジェに近づくと、靄の中に白く浮かび上がる丘陸地帯に広がる街並みが大変美しいと評判です。そのアルジェの高台に在アルジェリア日本大使館は位置しています。
 1990年代初めから政治体制が不安定化し、困難を経験したアルジェリアですが、上下両院選挙、大統領選挙の実施により民主化プロセスを終了し、現在は教育、司法、行政分野での改革、インフラ整備、雇用創出など経済・社会問題に積極的に取り組んでいます。
 天然ガス・石油などの天然資源が豊富に存在し、歴史的に多くの日本企業が開発に参加しています。また、南部砂漠地帯にはユネスコの世界遺産に指定されたオアシス都市もあります。このように天然資源や観光資源が豊富なことに加え、アフリカ大陸の一員として、イスラム諸国の一員として、そしてEUという大きな経済圏に隣接する地中海の国として、アルジェリアはこれからますます国際的な存在感が高まり、日本との結びつきも強くなっていくことでしょう。 
                           

(大使館写真、文とも外務省ホームページMOFAから転載)
アルジェリア民主人民共和国・基礎データ・安全情報(MOFA)

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<おことわり>
このページに掲載の写真はおもに1983−1986年に撮影されたアナログ写真を
スキャナーで読み込んだため経年変化、色彩劣化、解像度劣化がすすんでいます



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