10 シシカバブの香りが広がるバザール(トルファン)

吐魯番賓館と葡萄棚(筆者写)  葡萄棚の下に胡旋舞の場所がある

 ここでのホテルは、吐魯番賓館といった。賓館とはホテルのことで、ほかに飯店の字を使うこともある。このホテルは当地でいちばん大きく古く、白亜の階段状の形をしている。中庭は、学校の武道場程度の広さで、頭上はブドウ棚になっており、夏期には毎日のように、その下でウィグル族の舞踏ショーが開かれている。

 さて、ツアー仲間がガイドにせがんだのが、バザール巡りであった。ここの方がウルムチのそれより規模が大きいようだ。ウルムチ市は大きな街で、他の大都市とあまり変わらない「都会」だったが、たった一つウィグルの雰囲気があった場所が、バザールであった。当地のバザールの方は、野菜はもちろんのこと、衣服、布地、お菓子、電池、スパイス、干し果物、絨毯、おもちゃなどたいていの生活用品が買える。もっとも、ウィグル男性が男のシンボルとして持つ三日月型腰刀だけは、ウルムチの方が数量とも多かった。
 
 しかし何と言っても、羊肉を串に刺して炭火で焼くシシカバブの香りは、遠くからでも鼻をくすぐる。日本で羊など「臭い」と  言って食べない人でも、「一本食べてみようか」と思うに違いない。新鮮な羊はほとんど臭わないのだ。これはもともと、トルコなどアジア西方の食べ物らしく、シルクロードを通って、イスラム教と一緒に来たのではなかろうか。肉屋には、首なしの丸裸の羊がぶら下がり、漢族のために牛肉もあるが、豚は見られなかった。

 もう一つの香りが、スパイスのものである。ほとんど露天の2m四方のテーブルの上には、麻袋に入った胡椒など十数種類の香辛料が、所狭しと並んでいる。すべて量り売りである。色も様々、真っ赤もあるし、黄色もあり、真っ白の物もある。これらが混ざって独特のにおいを作る。なぜか懐かしいこの香りは、私が住んだ北アフリカのアルジェのスーク(市場)と同じ香りだった。 野菜果物の種類は豊富である。知っている野菜は、たいてい売られている。包装はなく山積みである。もともと西アジアから古代に東進して来たザクロ、ブドウ、イチジクはここの気候にあったのか、種類も豊富で、当地の特産になっている。
 
 向こうで、同行のおばさんたちが騒いでいる。干しぶどうと干しイチジクの露店前だ。

「ねー、おじさん!ちょっと食べてみてもいい?」
「いいに決まってるわよ。味が分からないじゃない。」
「ほら、あなたも食べてみたら?はーい。」
「うーん、まあまあね。じゃ、買っちゃお」
「これいくら?」
「1キロ単位だって!、こんなに要らないわ」
「私と二人で分けない?」これ全部日本語である。
「じゃ1キロね。負けてよ。」
「少ないわよ。もう少し入れてよ」と言って、自分でつまんで竿バカリに入れた。
おじさんのほうは、たどたどしい日本語で、
「コレ、ブドウ、コトシ、ウマイ。」
「コレ、フルイブドウ、ヤスイ」
「イチキロ」「ニジュウエン」
「ダメダメ」


などと、日本国中年女性連合に目を白黒させながら応対している。私は後ろで、「商売人が自分で古いなんて言うか?」とか「オバサンパワーには勝てんなー」とか思いながら見ていた。ブドウおじさんは次に、「
ナニ?コレヤスイ」とこちらにほこ先を向けた。私は干しイチジク1kgを値切らずに買っていた。