(私の禁断症状)

 しかし、20年以上も一日20本以上も吸いつづけた体だ。すぐに、「禁断症状きんだんしょうじょう*」は出た。一日目の前半は勢いでぐっとこらえたものの、後半になると、イライラして落ち着かない。私の手はすでにないタバコを求めて、ポケットの中をさまよう。そして、絶対にタバコがない机の引き出しまで、開けたり閉めたりしていた。口がさびしいので、たえずお茶を飲みまくる、お菓子を食べるのくりかえしであった。こういう日々が一、二週間続いた。周りの人がタバコを吸うのを見て、危うく「すみません、タバコを一本下さい」と言いかけたことが、何度もあった。

*きんだんしょうじょう・・アルコール・ニコチン等の慢性中毒で、これを禁ずると起こる頭痛・苦もん・不眠などのいろいろの症状

 そして障害は自分の体の中に起こった。それは、考える力がなくなること、集中力が全くなくなることであった。当然、仕事がはかどらない。イライラする日々が続いた。「こんなに苦しいのなら、いっそのこと吸ってやろうか。」という心と、「自分で決めておいて、ここまで頑張ったのに、努力が無駄になってしまう。またそれでは、自分があまりにも情けない。」という葛藤(かっとう=心のなかの戦い)がつづいた。さらに間食がふえたため、体重もどんどん増加した。


         タバコを吸っているあなたの肺は・・
仕事の合間の一服が・・ 65歳女性、非喫煙者 70歳男性、55年間喫煙
       写真はホームページから転載

     タバコとガンについてのデータ1
        タバコとガンについてのデータ2
                  (国立がんセンターHPより転載)
 

 「最大の危機」は、別の所にあった。人が集まると、話がはずむ。くだけた場所では、酒もでる。こうなると、始末が悪い。たいていの男は、タバコに火をつける。繰り返し、くりかえし火をつける。なかにはタバコを勧める人もいる。そのたびに、「いや、実はタバコを止めたんです。」そうすると、かならずわけを聞かれる。そこで説明する。そういうことが何度もあった。「禁煙は簡単だ。わしも何度もした。何度でもできる」と冗談半分に言う人もあった。その人は、とっくに禁煙をあきらめていた。

 こうして何とか1ヶ月が過ぎた。このころになると、「ああ、吸いたい!」と思う回数がどんどん減っていった。そして、他人が目の前で吸っていても、何とも思わなくなっていった。さらに半年を過ぎると、不思議なことに他人の煙が、だんだんけむくなっていったのだ。かれこれ一年もたった頃には、空咳(からせき)もなくなり、風邪を引く回数も減っていった。もう「吸いたい」と思うことは、まったくなくなっていた。

(ドイツの喫煙車でもタバコを吸うのに「許可」がいるわけ!)

 私がまだタバコを吸っていたころ、今から19年ほど前になるが、二度目のドイツ旅行の時に汽車に乗った。12両編成くらいの客車の横腹に、”Nicht Raucher"(禁煙車)と書いてあった。案内書で意味は知っていたので、"Raucher"を(喫煙車)をさがしてホームを走った。後ろの二両だけが"Raucher"だった。しかもそのうちの一両は、ちょうど真ん中が仕切られて後ろ半分だけで、タバコが吸えた。さらに「悪いこと」に、そこでも、"Darf ich rauchen?"(ここでタバコを吸っていいですか)とまわりの者に聞き、ひとりでも「ダメ」と言うと吸えませんーと本には書いてあった。その時はかろうじて吸えたが、「なんと不便な国だ。タバコ一本吸うにも許可がいるのか?!」と思ったものだ。

 いま考えると、「一人でも反対があると、タバコが吸えない。」というのは、「多数決」ではない。タバコの嫌いな、または気管や体の弱い人、妊婦など<社会的弱者>の立場に立っているのだ。日本人は、「多数決が民主主義」なんて思っているが、とんでもない話である。ここドイツで、「成熟した民主主義」を見ることができるのだ。本当の「民主主義」は数ではない。少数の弱い人<社会的弱者>でも「しあわせ」に暮らせることである。

 では、時代が下って、19年後の日本はどうか? 確かに、駅構内では一部を除いて「終日禁煙」になっている。しかし見渡せば分かるが、「違反者」はいっぱいいる。最近も喫煙者の「歩きタバコ」が小さな子どもの顔に当たって怪我をしたーと問題になった。まだまだ「喫煙者天国」である。そばに吸わない人がいても、だれも「けむいですか?」とも「吸っていいですか?」とも聞かない。煙そうな仕草をすると、「変なやつ、嫌みなやつ」と思われかねない。また残念なことには、日本のたいていのレストランでは、アメリカ、カナダ*2にあるような「禁煙席」がない
*1のである。

<後日注>
*1最近少しずつではあるが、禁煙席がある「ファミリー・レストラン」が増えてきている。これは客の方からの要望、希望から、状況が変わってきていると思われる。タバコが嫌いな人、吸いたくない人には良い傾向である。しかしそれ以上に影響力があるのが世界的な流れである。後で述べるが、たばこ規制枠組み条約(国連・WHO)や国内で健康増進法が成立したことである。残念ながら「人の善意」よりも「法律」の方が強いのだ。
*2 2004年末現在、カナダではレストランなどで「喫煙席」もなくなり、「全席禁煙」になった。