岡山県津山市
国史跡 津山城 備中櫓(復元) 城の桜は「日本さくら百選」に選ばれた
津山城にある森家初代 森忠政像 忠政は信長下臣の森蘭丸弟
国重文 臨済宗 本源寺 津山藩主森氏菩提寺 中門 岡山県津山市小田中
初代森忠政は「本能寺の変」で討死した織田信長の部下森蘭丸(成利)の弟 信長後は秀吉、家康に仕える
本源寺 本堂と庫裏 桃山~江戸にかけて建てられた規模大きく由緒ある建物
本源寺 霊屋表門
本源寺 奥から見る霊屋 28基の位牌が祀られる
本源寺 霊屋奥にある森氏歴代の墓 中央が森忠政の墓(五輪塔)供養墓
(注):忠政の本墓は京都・大徳寺塔頭三玄院 他に石田三成(処刑後)、古田織部、春屋宗園の墓もある
三玄院は浅野幸長、石田三成、森忠政による創建
本源寺 森氏墓前にある説明板(キズ・汚れがあります)
>>津山藩森家は初代忠政が十八万余石で立藩したが四代で断絶した(五代は狂心して幕府により改易)
次いで徳川家康第二子結城秀康を祖とする松平宣冨が十万石の初代藩主で入城、松平家は廃藩置県までつづく
市重文・県史跡 浄土宗 泰安寺 津山藩主松平氏菩提寺 表門 岡山県津山市西寺町
泰安寺 御霊屋
内部掲示の御霊屋案内(反転・傷あり)
七代松平斉孝墓
泰安寺 墓地側から見る初代松平宣冨墓(五輪塔) 周りを塀で囲まれ内部に入れない
(注1)当寺の住職によるとここに墓石(五輪塔)がない藩主の墓は浄土宗天徳寺(東京都港区虎ノ門)にあるという
(注2) 津山藩越前松平家合祀墓(東京・上野寛永寺谷中墓地) ・・五輪塔の裏側に刻まれた文によると、三世慧照公以下五世及び子女22人は、概ねが西久保の天徳寺に葬られ、他に各1名が青松寺及び感応寺に埋葬。墓地取扱規則の改正で移転を命じられ、ここに合祀されたとなっています。 つまり初代を結城秀康として、3代松平光長以下5名の藩主が天徳寺、他2名が青松寺と感応寺に埋葬され、それらが集められて合葬されたようで、3代光長、4代(津山藩初代)松平宣富、5代(2代)松平浅五郎、6代(3代)松平長煕、7代(4代)松平長孝、8代(5代)松平康哉、9代(6代)松平康乂、10代(7代)松平斉孝、及び子女22人の合葬墓です。・・ (この項:ブログ「試撃行」より部分引用) |
(注3) ブログ「千駄木菜園」 谷中墓地8 徳川一門長老だった松平斉民と津山松平家 (リンク) |
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