5 B&Bの「お手伝いさん」モード嬢と恋人ジェフリー

          Two-storied-deck-bus, London

 
次は、ここで働いているフランス人モード嬢のことである。最初に着いたとき、彼女が玄関に出てきた。テキパキしていたので、そこのお嬢さんかと思っていたら、フランスのマルセイユからここの「お手伝い」に来ているという。彼女の「家事」がすんで一段落したときに、話を聞いた。彼女の英語はなかなか流暢で分かりやすいが、少しシャイであまり自分からは喋らない。
 
 彼女の話によると、数ヶ月前に高校を卒業し、
大学の入学資格も得てからイギリスに来て働き、大学の学資を稼いでいるという。彼女は父がシチリア島出身のイタリア人で、母がマルセイユ出身のフランス人、「モード」という名は花の名前だそうだ。他に弟が一人いるが、将来はプロのサッカー選手になりたいらしい。そのために、今からでもお金がかかり、父母とも弟に力を入れているので、自分の学資は自分で稼ぐと言った。

 ロンドンにあと半年いて、その後は母親のいるパリに行き、母の職場で働くという。母親は有名なギャラリー・ラファイエット・デパートで、
インテリア・デザイナーをやっている。そこで数ヶ月働いてから、9月の新学期にルーアンの大學へ入るという。大學では教育学を専攻し、その後は教師になるのだそうである。結構長い間話していたら、彼氏がやってきた。眼鏡をかけた優しそうな青年である。名前はジェフリーという。英語はあまりうまくなくて、時々モードが横から助け船を出す。後日、時間をとってもらって、二人から話を聞いた。

 もともと高校で同級生であった二人のうち、彼が先にロンドンで住み込みをやり、彼女は彼の「職場」に近いここを紹介してもらい、ここで働くようになったという。彼も近くで、ベッドメーキングなど似たような仕事をしているという。
「ロンドンでも二人でいられていいね」
というと、にこっと微笑む。彼の方は新学期から南仏のニースで経済・経営実務コースの方へ進むという。
「ニースとルーアンでは、遠すぎて会えなくなるのでは?」
と意地悪に聞いてみた。
「時々会いに行くから構わない。」と気にしていない様子だ。
彼は卒業したら、
アフリカの国連難民施設のようなところで働きたいと言った。
「それはいいことだ。でもモード、また離ればなれになるね。」と言ったら、 
「私もアフリカへ行って働くからいい。」という。
何でも教師も、
ヴォランティア(志願)制度みたいなのがあって、希望すれば、アフリカへ行って働けるのだそうである。フーン!?。

 私は聞いていて、頭が混乱してきた。もともとフランスの学制について知識がないうえに、(悲しいカナ、知っている単語はリセとバカロレアだけである)大学入学が決まってから社会で働くとか、社会人が希望すれば何年かヴォランティアで発展途上国で働けるとか、はっきりした制度としては、日本にないことばかりである。これらは、私の聞き違いや誤解ばかりではないようだ。

 それにしても、18才ぐらいの若者が、いろいろ先をよく考えている。日本の若者はどうだろう? 恥を忍んで言うと、わたしの18才は、そこまでリアルには考えてはいなかった。結局、その「制度または仕組み」については、よく分からないままに、帰国して数カ月が経った。ところが、つい先日の
日本経済新聞に、「大学受かって自分磨く一年」と言う記事が載っていた。

 「ギャップ イヤー」大学進学が決まった学生が、入学をわざと一年遅らせて好きなことをして過ごす期間を英国ではこう呼ぶ。世界中を旅行したり、企業で働いたりと使い方は人によってさまざま。チャールズ皇太子の長男ウィリアム王子(18)も今年9月までの一年間をボランティア活動などをして過ごしている。日本なら「遊び癖が着く」「モラトリアム」と目くじらをたてられそうだが、英国では社会が認知する浪人期間になっている・・。 (日経2001.3.4)

 さらに記事には、その期間に学生が企業で働いて給料を得て仕事を覚えること、大学に入ってから実社会で使える研究テーマを選ぶのに役立つこと、企業としても優秀な学生には奨学金を出して、卒業後の人材を確保すること、大学も入学を希望する学生全員に、この制度を利用するよう勧めていることなどが書いてあった。現実に、実社会の経験がある学生の方が成績がよいからである。
目的意識が濃厚になるからであろうか。
 
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 そこでわたしは、インターネットの「Yahoo, UK」のサイトで「
ギャップイヤー」を調べてみた。そこには、左のようなそのままの名のサイトがあり、刊誌まで出していた。内容は種々様々であった。もちろん上記のような「まじめな」企業勤務もあるが、ギリシャのような外国の農場で現地の人と一緒に働くものや、野外活動指導者養成キャンプで資格を取るものや、スキューバダイビングのライセンスを取るもの、探検・冒険のようなものなど無数にあった。

 さらにそれらの活動を保障するために、何種類もの保険制度があった。その中には、外国で遭難、盗難、事故、病気にあった場合の保険、レスキューシステムや家族の出迎え費用などあらゆるケースに対する想定と設定があった。このようなシステムと保障(補償)があってこそ、若者が安心して外国で様々のことにチャレンジできるのである。

 これらとは別に、「
生涯学習」(Lifelong Learning)のためのプログラムや小中学生のための経験キャンププログラムもあり、時にはそれらが結びついていた。わたしは、目から鱗が落ちてゆくようであった。大学に入るにしても、自分で学資を稼いだり、入学前に社会の仕組みを勉強して問題意識を持ったり、いろんなことのチャレンジして自分の適性、能力を知ったり、人生に関わってくる資格、ライセンスを取ったり、社会や集団と関わりを持つことで社会性や社会に対する貢献の意識を身につけているのだ。そして、それを社会、学校、企業が認め、支援する制度が拡大していっているのだ。もちろん、そのバックボーンにはキリスト教があり、我が国にそれをそのまま当てはめることは出来ないにしても、素晴らしい仕組みではないか。

 日本にも少しだけ似た仕組みがある。ご存じの「
ワーキング・ホリデー」である。政府間の交渉で協定が結ばれ、相互主義で実施されている。現在オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、韓国、フランス、ドイツがあり、イギリスが今年から始まった。国によって少しずつ条件は異なるが、受け入れは、大体25−30才を上限としているようだ。こういうものがあるということは、若者にとって選択肢が増えて、異文化を理解し国際感覚を養う意味でも良いことと思われる。

 しかも前述の「ギャップ・イヤー」は、大学を含めた社会が認めているのである。しかも、
「寄り道」したことがマイナス評価にならず、「人間的に成長する」として、むしろ歓迎されている。そういう意味では、「寄り道」を「悪」と考えてきた日本は、ものの考え方から変えなければならないであろう。

 話がすっかり本題からそれてしまったが、あのフランス人の若いカップルの生き方を聞いてわからなかったことが、ここで少しずつ明確になっていった。フランスに前述のイギリスと全く同じ制度があるかどうかは不明である。わたしのフランス語は単語レヴェルなので、「ヤフー・フランス」を開けても分からないからである。しかし、あの二人が言ったとおりだとすると、似たシステムはあるのだろう。二人の今後の活躍を祈りたい。そして、日本でも大学、企業、社会が、こうなる日が早くくれぼよいと思う。